探検!日本の歴史

趣味で調べた戦国から江戸時代の大名、城、藩、旗本などについて書いていきます。

播州赤穂 浅野一族

こんばんは、勘矢です。

今日は忠臣蔵でおなじみの赤穂浅野家とその分家について調べたことをまとめます。

 

 

1. 赤穂浅野家とその分家の概略

 赤穂浅野家は、豊臣五奉行のひとり浅野長政の三男長重からはじまります。その後、長直、長友と続き、長矩(内匠頭)でお取り潰しとなります。領地の変遷を見ると、下野真岡藩からはじまり、常陸真壁藩、常陸笠間藩を経て播磨赤穂に移りました。石高は最終的五万石です。

 分家は3つあり、長友の代にその兄弟に領地を分け、長賢からはじまる家原浅野家と長恒からはじまる若狭野浅野家ができました。長矩の代に弟長広の浅野大学家が分家しました。長矩の刃傷事件で浅野大学家は事件に連座し、所領を没収されました。6代将軍家宣の頃に赦されて五百石の幕臣となりました。残りの2家の当主は幕府への出仕を止められましたが、のちに許されました。3家とも幕末まで続きました。

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赤穂城

2. 各家の歴代当主について

 つぎに、各家の歴代当主について、簡単にまとめました。

(1)赤穂浅野家

藩祖:浅野 長政(ながまさ)【1547~1611】

 藩祖長政は安井重継の子で母は浅野長詮の娘。織田信長弓衆の浅野長勝の婿養子になりました。のちに豊臣家五奉行のひとりとなり、甲斐国山梨県)を長男幸長と共に領地しました。関ヶ原の戦い後、幸長は紀伊和歌山(和歌山県和歌山市)に領地を移されます。60歳の1606年、隠居していた長政は隠居料として常陸真壁(茨城県桜川市)五万石を与えられました。享年65。正室は浅野長勝の娘。

 

初代:浅野 長重(ながしげ)【1588~1632】

 長重は長政の三男で母は浅野長勝の娘。14歳の1601年に下野真岡(栃木県真岡市)に二万石を与えられました。24歳の1611年に父長政が死去すると、真壁の領地を相続しました。真岡は堀親良の領地となりました。35歳の1622年に三千五百石余を加えられ常陸笠間(茨城県笠間市)に移りました。真壁藩は廃藩となりました。享年45。正室三河吉田藩主 松平(竹谷)家清の娘。

 

2代:浅野 長直(ながなお)【1610~1671】

 長直は長重の長男で母は松平(竹谷)家清の娘。1622年に23歳で笠間藩を相続しました。長直は伯父の松平(竹谷)清昌(交代寄合五千石)の五男長賢を養子に迎えましたが、33歳の1643年に長友が産まれると長賢は次男扱いになりました。36歳の1645年に播磨赤穂(兵庫県赤穂市)に移りました。1670年に62歳で隠居しました。享年63。正室陸奥白河藩丹羽長重の娘。

 

3代:浅野 長友(ながとも)【1643~1675】

 長友は長直の長男で母は丹羽長重の娘。1671年に29歳で赤穂藩を相続しました。相続時に、兄長賢(38歳)に三千五百石、弟長恒(14歳、姉の子で父長直の養子)に三千石を分与しましたので、赤穂藩は五万石余となりました。享年33。正室は志摩鳥羽藩主 内藤忠政の娘。

 

4代:浅野 長矩(ながのり)【1667~1701】

 長矩は長友の長男で母は内藤忠政の娘。1675年に9歳で赤穂藩を相続しました。28歳の1694年に弟長広に私墾田三千石を分与しました。35歳の1701年に江戸城にて殿中刃傷事件を起こし即日切腹。赤穂本家は断絶しました。享年35。正室は備後三次藩主 浅野長照の養女・実は浅野長治の娘 阿久里。

 

(2)家原浅野家

初代:浅野 長賢(ながかた)【1634~1687】

 長賢は交代寄合の松平(竹谷)清昌の五男で、母は某氏。従兄弟の浅野長直の養子になりました。10歳の1643年に長友が産まれると長賢は次男扱いになりました。38歳の1671年に弟長友から三千五百石を分与されて分家しました。1686年に53歳で隠居しました。享年54。妻は上野七日市藩主 前田利孝の娘。

 

2代:浅野 長武(ながたけ)【1663~1712】

 長武は本家家臣大石良重の四男で、母は浅野長直の娘。叔父浅野長賢の養子になりました。1686年に24歳で相続しました。御持弓の頭をつとめました。享年50。妻は長賢の娘。後妻は旗本 甲斐庄正親の娘。

 

3代:浅野 長時(ながとき)【1707~1782】

 長時は長武の子で、母は某氏。1712年に6歳で相続しました。火事場見廻をつとめました。1746年に40歳で隠居しました。享年76。妻は旗本 金田正澄の娘、のち離婚。後妻は旗本 中根元宴の娘。

 

4代:浅野 長充(ながみつ)【1724~1790】

 長充は旗本 藪忠通の三男で、母は紀州藩臣 藪利安の娘。1746年に23歳で相続しました。小姓組番頭、書院番頭をつとめました。1784年に61歳で隠居しました。享年67。妻は長時の娘。

 

5代:浅野 長富(ながとみ)【1748~?】

 長富は長充の子で、母は長時の娘。1784年に37歳で相続しました。大番頭、駿府城代、西丸側をつとめました。妻は越前敦賀藩主 酒井忠香の娘。

 

6代:浅野 内記【?~?】

 1816年に相続しました。

 

7代:浅野 長祚【?~?】

 1831年に相続しました。京都町奉行(西:1852~1858)、町奉行(北:1862~1863)、西丸留守居をつとめました。。

 

 国立歴史民俗博物館によるデータベース、旧高旧領取調帳を検索すると、旧領名 浅野友三郎知行が家原浅野家と思われる。その領地は、播磨国加東郡貝原村、沢部村、福吉村、田中村、鳥居村、梶原村、家原村、窪田村、垂水村、中村、北村。

 

(3)若狭野浅野家

初代:浅野 長恒(ながつね)【1658~1732】

 長恒は大石良重の三男で、母は浅野長直の娘。叔父浅野長直の養子になりました。14歳の1671年に兄長友から三千石を分与されて分家しました。使番、山田奉行、堺奉行をつとめました。享年75。妻は備中足守藩主 木下㒶定の養女、実は美濃苗木藩主 遠山友貞の娘。

 

2代:浅野 長豊(ながとよ)【1687~1742】

 長豊は長恒の子で、母は某氏。1732年に46歳で相続しました。享年56。妻は家原浅野家の長武の娘。

 

3代:浅野 長寿(ながひさ)【1725~1774】

 長寿は長豊の子で、母は長武の娘。1742年に18歳で相続しました。仙洞附をつとめました。享年50。妻は丹波綾部藩主 九鬼隆寛の娘。後妻は美濃苗木藩主遠山友央の娘。

 

4代:浅野 長致(ながむね)【1745~?】

 長致は越後村松藩主 堀直堯の三男で、母は山田氏。長寿の養子になり、1774年に30歳で相続しました。書院番頭、大番頭、駿府城代をつとめました。妻は長寿の養女、実は家原浅野家の長充の娘。後妻は信濃小諸藩主 牧野康満の娘。旗本 酒井忠順の娘。

 

5代:浅野 長盈(ながみつ)【1782~?】

 1800年に19歳で相続しました。

 

6代:浅野 長和【?~?】

 1842年に相続しました。

 

7代:浅野 長発【?~?】

 1860年に相続しました。寄合肝煎、歩兵頭並をつとめました。。

 

 旧高旧領取調帳データベースの旧領名浅野隼人知行が若狭野浅野家と思われる。
その領地は、播磨国赤穂郡上松村、入野村、東後明村、高埜須村、西後明村、宮野尾村、八洞村、雨内村、寺田村、出村、田井村、若狭野村、奥野山村。

 

(4)浅野大学家

※寛政年間までの当主 

初代:浅野 長広(ながひろ)【1670~1734】

 長広は長友の次男で、母は内藤忠政の娘。25歳の1694年に兄長矩から私墾田三千石を分与されて分家しました。32歳の1701年に兄長矩の刃傷事件により閉門。三千石も没収されました。のちに赦され、41歳の1710年安房国(千葉県南部)にて五百石を与えられました。享年65。妻は伊勢菰野藩世子 土方豊高の娘。

 

2代:浅野 長純(ながずみ)【1707~1754】

 長純は長広の子で、母は土方豊高の娘。1724年に18歳で相続しました。御小姓組番士をつとめました。享年48。妻は御家人 村上正方の娘。後妻は旗本 牧野忠列の娘。

 

3代:浅野 長延(ながのぶ)【1736~1792】

 長延は長純の次男で、母は村上正方の娘。1754年に19歳で相続しました。 御小姓組番士をつとめました。1768年に33歳で隠居しました。享年57。妻は谷衛明の娘。

 

4代:浅野 長貞(ながさだ)【1747~?】

 長貞は2代当主長純の三男で、母は某氏。 御小姓組番士をつとめました。兄の養子となり1768年に22歳で相続しました。領地の一部を上総国に移される。妻は旗本 諏訪頼容の娘。

 

 旧高旧領取調帳データベースの旧領名浅野武之丞が浅野大学家と思われる。その領地は、安房国長狭郡奈良林村、安房国朝夷郡江見(東江見)村、上総国長柄郡北高根村、関村。

 

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赤穂浅野家一族略系図

 

主要参考文献:

 江戸時代全大名家事典(東京堂出版

 日本史諸家系図人名事典(講談社

 寛政重修諸家譜国立国会図書館デジタルコレクション)

 徳川旗本八万騎人物系譜総覧(新人物往来社

 日本史総覧 コンパクト版(新人物往来社

 旗本がみた忠臣蔵ー若狭野浅野家三千石の軌跡ー(江戸東京博物館

 旧高旧領取調帳データベース(国立歴史民俗博物館
 https://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/kyud/db_param

 

今日はここまで。

最後までお読みいただきありがとうございます。